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民芸品、授与所紹介

民芸品のご紹介
 

民芸品一見まことに稚拙なこの民芸品は、現代の感覚からは余りにもかけはなれて、その着想も表現も、一寸理解し難いようですが、静かに見ていると、その何かであるかがうなづかれて、そこにつきぬ妙味が出て来ると思われます。

東海村の村松山虚空蔵堂に、永く遺存された郷土の古造品真弓馬と宝舟は、今から凡そ 600 年前に作り始められたもので、真弓馬と呼ばれたのは、老杉巨樹の重畳として暗く繁る真弓の山村で作られたからと伝えられる説と、また別には、その頃良馬を産した地方の名を付けたものとも云われています。むかし、寺社に祈願の為、飾馬を献納する事は最高の善事とされたが、色々な不便があるので、何時しか馬を絵にかいたり、また形に作ったりして奉納する様になって来ました。村松山の立絵馬と一名呼ばれるのも、そこに起因すると思われます。宝舟は古代の独木舟で、舷側よりはるかに海上に突き出た桁が渡してあります。暴風の際、両舷に物を結びつけて安定をはかる「タラシ」と地方で云われるものと同じ作用で、波荒き広大な東海の洋上に漁る小舟が、波涛に耐えて横転を防いだ当時の遺風を止めたものであります。その時代の農山村の生産は低く、仕事は季節的で、余暇の多い間にコツコツとこれを作って、参詣客の雑踏する虚空蔵尊の縁日に売り捌いて、生活の一助ともして来たようです。

大同の昔、弘法大師が、この清澄絶景の地に、村松山虚空蔵尊を創立せられてから聖叡の高僧が、代々相継いで隆盛は日に日に熾んに、十三詣りの村松山として全国に知られ、諸願を成就する霊験を慕って雲集する参詣者は、として里を貫き野を越えて、数里の外に迄連なったものです。 1200 年の歴史の跡、開けた交通の今から見れば隔卉の事です。

虚空蔵尊の縁日は、毎月 13 日で、行事は 1 月 1 日元朝護摩、 2 月節分会追儀式、 3 月 25 日より学年祭、 4 月 3 日大祭、 11 月 15 日七・五・三祭となっていますが、往時最も盛に馬と舟の捌かれたのは正月 15 日修正会の執行された時と記されて居ります。人々は、海上の安全、大漁満足を祈願しては、縁起の大漁宝舟を必ず求め、家内安全、商売繁昌の喜びに村松山の真弓馬を迎えてりました。は、開国交易となり、外来の風潮が一時激しく入って来て、人心は海外に奪われ、耳目は新奇を追うに暇がなかった時、この民芸品の行事は次第に境内から消えて行きました。長い歴史を持つ古来伝承の遺風が消滅するは、まことに惜しく、虚空蔵堂で独りこれを保存して来ましたが、自国民の優秀さを自覚し、民族の過去を尋ねる機運が漸く沸き起こった為か、近頃になって伝え聞いて、全国から照会、分与を望む声が当山に刹到する現状となりました。

広く古代遺風の愛求者の望に応える為、素朴な昔の心に還って、古拙な原味を伝えようと苦心精励して、この喜びを広くわかち合い度いと望みます。

 


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